Thoughts on Plymouth Brethren History and Characteristics

プリマス・ブラザレンの歴史と特徴

2) ブラザレン前史~ヨーロッパおよび大英帝国を中心として(3) 政治史的側面

ブラザレン運動が生まれる前、100年くらいの間には、様々な政治的地殻変動ともいうべき大きな社会的変化が起こっている。まず、そのことを説明する。

FrenchRev

大英帝国成立前史
英国とスコットランドの関係については、実に微妙な関係がある。というのは、エリザベス1世(彼女にちなんで、Virginia ヴァージニアと名付けられた植民地ができた)の後、スコットランドの懐柔策の側面を含みながらスコットランド王が王位継承者に指名されている。その結果、非国教会のキリスト教徒(non conformists)は大きな圧迫の元におかれる。また、その後のチャールズ1世のスコットランド反乱鎮圧を目指した軍費獲得のための大増税は、英国国内において大反発を買い、イングランド内でも黒糖側と議会側が対立した。さらに宗教の面では、スコットランドの国教会化(イングランドの国教会祈祷書の強制使用)が図られたため、スコットランドで反対が起きた。これらの様々な動きの中で、国王と議会が軍事的に対立するPuritan Revolution(ピューリタン革命)へとつながった。議会軍の司令長官であったクロムウェルは、いくつかの戦いで国王軍を破た。さらに、国王派が根強く残っていたアイルランド・スコットランドにも軍事的に侵攻する。その結果極めて不安定ながらも共和政が成立する。


ピューリタン革命

しかし、すべてパワー・オブ・バランスの側面があり、国王側が反撃に出て、王政復古が図られるものの、国王は強権発動の結果、その権力と公権力としての権力執行に制限を受けることになり、立憲君主的な方向性への道が開かれる。その後、ジェームス2世の王位継承者問題を期に流血を伴わない名誉革命へと移行し、1707年合同法により、スコットランドとイングランドが名目上対等合併(実質的には、イングランド優勢下でのスコットランドとの合併)が行われるが、相互への不信はスコットランド、アイルランド、ウェールズ社会の中には多かれ少なかれ、渦巻き続けて21世紀にまで至る。

ヨーロッパ史概観

まず、隣国フランスではフランス革命が発生し、ヨーロッパ王家の中でも比較的長らく続いたブルボン朝が崩壊する。イングランドにとって、大きな植民地であった植民地群が本国政府の植民地での課税政策をめぐって、独立戦争を仕掛け、独立していく。ドイツはドイツで、中世の花とでもいうべき存在、文化的なサロンとしても貢献したハプスブルグ家がその求心性を急速に失う。

フランス
1791年フランス革命
1799年ナポレオン政権奪取
1815年ワーテルローの戦い
Caricature_gillray_plumpudding
当時の風刺画 ナポレオンとイギリス政府が世界を取り合っている姿を風刺

アメリカ
1773年 ボストンティーパーティ事件
(現在アメリカで活躍中のTea Partyはこの時の反逆精神に由来する)
1776年 アメリカ独立宣言
1783年 英軍撤退
1787年 アメリカ合衆国憲法発効

アメリカ独立戦争

 

ドイツ
フランス革命のあおりによりハプスブルグ家の権威失墜
1791年 モーツァルト没(フランス革命やアメリカ独立戦争とほぼ同時代人)
Wolfgang-Amadeus-Mozart-wolfgang-amadeus-mozart-19185892-720-840
ウルフガング アマデウス モーツァルト

これらの革命的思想は、啓蒙思想の結果生まれたものであり、キリスト教的な人権思想、一人一人の人間がひとしく神の前に重要であり、従来の国家とキリスト教が一体化したコンスタンティヌス型のキリスト教国(ジョン・H・ヨーダーの著作を参照)が当然ではないのかもしれない、という思想から導かれた革命思想である。これに、宗教改革が深くかかわっているのだ。そして、この革命思想は、かなりの時間をかけ、アメリカの反知性主義へとつながっていく。

このことは、森本あんりの「反知性主義」では次のように解説されている。

「神は人間を平等に創造した」というのは、実はキリスト教史においてもかなり新規な教えである。キリスト教徒は、ごく最近まで、神が人間を不平等に創造した、と信じていた。いやもちろん聖書には「神の前で万人は平等だ」と書かれている。(中略)
つまり、キリスト教は長い間、人間はみな宗教的には平等でも、社会的な現実においては不平等でよい、と考えてきたのである。(中略)
この不平等容認論は、プロテスタントが登場しても変わらない前提だった。宗教改革は、確かに自由で平等な市民という近代社会の出発点を提供したかもしれな い。しかし、前述の「万人祭司制」が示しているのは、あくまで神の前での万人の平等である。ルターが論じた「キリスト者の自由」は、宗教的な領域における 自由であって、その自由が一直線に市民的自由へと発展を遂げたわけでない。(同書 p.100)

階層社会前提の大英帝国

ヨーロッパは、長らく人間は不平等であるという前提で社会が構成されてきたという森本の指摘と、その実際的な側面は重要である。いまだに大英帝国は階級社会であり、所属する社会階層によってしゃべる英語が違う。この辺りのことは、往年の大女優オードリー・ヘップバーン(明治式にかくと、オオドリ・ヘボン)主演の映画「マイ・フェア・レディ」や映画 「日の名残り」に詳しい。

Remains_of_the_day MyFairlady
「日の名残り」のポスター    ヘボン嬢主演のマイ・フェア・レディ
Emma Tompson &
Anthony Hopkins主演

革命と階級社会と従来型社会秩序の崩壊

いまだに社会階層によって話す英語の微妙な癖で見破られてしまう(「日の名残り」でそのようなシーンがある)ほどの社会階層制度の厳しい大英帝国において、「身分の差をなくす、全員身分に関係なく平等だ」というようなことを言い出したアメリカ、そして母国大英帝国へのあからさまな反乱とその反乱軍の寄せ集めの兵であるはずのアメリカ側の勝利、革命に揺らぐフランスの姿を見、革命のフランスで、ハプスブルグ家から嫁いだアントワネットが談主題に消えていく姿を見て恐怖におののくハプスブルグ家、そして、ロシア帝国のトルコへの勝利など、これを聞いて、「あなた方は戦争のうわさを・・・」ということを思い描かない当時の時代人はいなかったのではないだろうか。また、1785年には当時最先端のメディア、タイムズ紙(高級紙)がロンドンで創刊され、当時の風刺画が載ったゴシップ雑誌や新聞の前身にあたる印刷物は庶民向けに当時から多数出版されている。

Mary
ギロチン台に消えたマリー・アントワネット


フランス国歌
血ぬられた旗、とか、敵の不浄なる血で耕地を染めよ、とか結構えげつない

その意味で、ブラザレン運動が始まったのは、こういうヨーロッパでの王権が革命に震撼し、そして、従来の社会秩序が大きく毀損され社会不安が渦巻き、終末が始まっているのではないか、という危機意識の中であったことは忘れてはならないだろう。そして、この運動の中から、他のキリスト教集団に大きな影響を及ぼすディスペンセイション仮説の成立に、この社会不安や社会に対する危機意識が影響したのではないか、と思われる。

 

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中

情報

投稿日: 2015年4月16日 投稿者: カテゴリー: キリスト集会の原型, ブラザレン前史, ブラザレン史

ナビゲーション

2015年4月
« 3月   5月 »
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  

人気リンク

  • なし

カレンダー

2015年4月
« 3月   5月 »
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  

ブログ統計情報

  • 4,076 hits
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。