Thoughts on Plymouth Brethren History and Characteristics

プリマス・ブラザレンの歴史と特徴

プリマス・ブラザレンと預言理解(1)

◆ プリマス・ブラザレン派と北米および日本の福音派の関係

英国で発生したプリマス・ブラザレン派は、北米の福音派と呼ばれる教会群とそこから多大な支援と影響を受けて形成されてきた日本の教会群に、直接的・間接的な影響を及ぼしている。その一つが預言理解であり、もう一つが、Faith Mission等の伝道熱心さである。とりわけ、預言理解として、最近福音主義神学会等でも批判的に検討されるようになってきたディスペンセイション主義的預言理解である。

◆ ディスペンセイション主義的預言理解とは何か
これは、時代ごとに神の働きが違うと考え、時代を明白、あるいは、ややぼかした形でありながら、時代を区分していく時代区分方とその中で神の関与がいかなるものであったのかを理解する方法であり、聖書理解の一つの体系であるといってよい。聖書理解の体系であることから、神学の一つと言ってよいと思う。その意味で、プリマス・ブラザレン派の人物が生み出し、キリスト教世界に非常に大きな影響を与えた神学であるといってよい。さらに言うと、将来における終末の出来事やそれに関する預言にかなり重点の高い聖書理解である。

◆ 歴史とディスペンセイション主義
この理解は、1820年代までのキリスト教文献においてはほぼみられず、さらに言えば、それ以前の使徒たち(及びその弟子にあたる人々 古代教父)がこの理解を保持、堅持していたということは文献史的に辿ることはできず、そのことを主張することは、歴史学的には不可能である。 もちろん、歴史学的にはイエスの復活後1700年余にわたってに「知る人の間で秘密裏に保有されていた」という証拠を明らかに示すことは不可能であるのと同様、「ディスペンセイション主義的な聖書理解が秘密裏に保有されていた」ということ自体がなかったとすることは不可能である。ただし、だからと言って存在した、とは文献資料からは明白に提示され得ない「聖書理解」ではある。

◆ 学問的仮説検証とは何か
伝統的な統計学の基礎を学び、仮説検定論を学習していただければすぐわかることであるが、「統計学的に」仮説が正しくない、というとき、その仮説が正しい可能性が0ではないかもしれないが、そういうことはめったに起こらない、ということをもって、「統計学的には仮説は棄却される(正しくないといってよいだろう)」というのである。DNA鑑定なんかで、別人と判定するのは、この論理に則っている。同一人物である可能性が、1億分の1以下であると考えられるから、「事実上」別人であるという判定をする、という常識的な判断をするのである。 そのような考え方でいけば、ディスペンセイション主義的な聖書理解が極めて重要で、イエスの復活直後から存在し、重要な聖書理解であれば、新約聖書があちこちの文書で引用され、また、いくつもコピーが製作され、あるいは古代教父の文章中の文言の中に、ディスペンセイション的な聖書理解の断片資料が含まれているはずであるが、現在までの文献史研究の中では、管見する限り見られないようである。 ということは、統計学的な理解の援用をすれば、「事実上」「常識的な判断をする限り」19世紀まで存在しなかった聖書理解であるといってよいということができるであろう。

◆ ロマンと学問
あるところで、以前ある非プリマス・ブラザレン派の牧師先生と、「日本人とユダヤ人が同一の祖先をもつのではないか」ということで対論をする機会があったが、最後は、その牧師先生は、「ロマンなんだからいいじゃないか」とおっしゃられたので、「ロマンはロマンで結構ですが、それは学術の論理とは別ですよね」ということで一種の結論を出さない形で終わったのである。 ただし、ロマンは重要である。具体的には、古代ギリシア都市トロイの発掘で高名なシュリーマン先生の出発点は、むろんロマンであった。とはいえ、彼が提示したのは、古代ギリシア都市トロイそのものが存在したという遺構とその時代の遺物(現代のものや名称ではなく)であり、それも当時の土地の堆積面から多数発見したから、その実在が「事実上」「常識的な判断の結果」確認されたのである。それを「学問的でつまらない」というのであれば、その人は主観主義的であり、間主観的な対論に堪え得ない、と自ら発言したに等しい。これは学問的良心の放棄である、その結果「研究ごっこ」になっている、と言ってよいと思う。 歴史学や、文献学の主観主義的な研究者のお立場は、最近、認知したこのサイト「研究ごっこ」に詳しい。 なお、19世紀以前、例えば、12世紀くらいの神学理解を書いた文献資料の中に、ディスペンセイション的な聖書理解が記載されている原資料がバチカンの図書館とか、オクスフォードの図書館で発見された、というのであれば、喜んで、自説「19世紀以前にディスペンセイション説が存在しなかった」を喜んで修正する予定があることをここで言明しておきたい。もちろん、原資料が近代の贋作ではなく、その時代的な妥当性の考証を経て、という条件付きでではあるが。

次回へと続く

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