Thoughts on Plymouth Brethren History and Characteristics

プリマス・ブラザレンの歴史と特徴

プリマス・ブラザレンの神学的特徴の補足困難性

化石化された形で他派の聖書理解も保存するブラザレン派

以前の投稿で、英国のぷります・ブラザレンは、幅広い人々と受け入れ、そして、また、英国内で生まれてきた非常に多様なキリスト教集団の全体から影響を受けてきたことは指摘したとおりである。

その結果、イギリスのキリスト教史の教会思想史あるいは聖書理解(以下単純化のため、神学と称する)の見本市というか博物館状態を近年までのプリマス・ブレズレン派の後継団体は引き継いでいる し、この傾向は日本においてことさら顕著であると思われる。ただ、ある段階で、他のキリスト教の集団との交流を断絶している場合(通常、他派に関する十分な理解なく、他のキリスト教の集団との関係を持たず、ブラザレン派のみの信徒や教会間のみでに交流を限ることが多い)、それ以降の他派からの影響は流入してこなく なるため、自派が生み出したディスペンセイション説などの聖書理解はもちろんのこと、閉鎖段階での他派の神学(思想と聖書理解)が保存され、化石化することになる。

このことは、 Mark R. Mullins マーク・マリンズ著 Christianity Made in Japan: A Study of Indigenous Movements, Hawaii Univ. Press 1998 の翻訳本である メイドインジャパンのキリスト教 トランスビュー 2005 内に引用されているF.F.Bruceの言葉を引用しておこう。

「共同体が従来の環境から新たな未知の環境に移植される際によく見受けられるのは、伝統の固定化、あるいはまさに化石化ともいうべき重大な局面である。伝統を移植当時の型通りに残そうとこだわることによって、共同体はアイデンティティと安心感を保とうとしているのかもしれない。もっとも有名な例は、おそらくアーミッシュだろう。なぜ有名かといえば、その伝統が彼らの生活様式全般を形成しているかどうかである。しかしそこまで包括的でないものも考慮に入れるなら、これはごくありふれた現象である。
(中略)
古くから定着しているなじみ深い教会の中に留まるほうが安全で心地よい、と感じるものは多い。明るくなると、いつくしんできた伝統の不具合―暗いままなら隠しておけた不具合―が照らし出されてしまうかもしれないのだ。」

マーク・R・マリンズ著 高崎 恵訳 メイド・イン・ジャパンのキリスト教, 2005, トランス・ビュー, pp. 10-11. オリジナルは、上の訳書の情報によれば、Bruce, F.F., Tradition Old and New, (Exetor: Paternoster Press 1970),pp. 17-18.

同様のことは、鎖国化での日本の銃砲技術開発でおきた。日本は鎖国化したために江戸末期まで、銃砲技術の革新的変化が日本国内にもたらされず、江戸末期には、先進諸国では最先端技術が小銃では元込雷管式、大型砲では鉄鋼砲・鋳鉄あるいは鉄鋼弾であった時代にも、相も変わらず先込火縄式銃・中型青銅砲であった。

Cannon

幕末時代の青銅砲と鉄鋼砲

GunsEdo

上 西洋式元込め銃 下 日本式火縄銃 沈金加工が銃身に施されている
GunsTokugawa
実用の用を無視し、工芸的装飾を拘った江戸末期の短銃(これは西洋にはない)

推奨図書
◆ マーク・R・マリンズ著 高崎 恵訳 メイド・イン・ジャパンのキリスト教, 2005, トランス・ビュー
キリスト集会が日本で変容を遂げ、独自の教理をもった複数の集団への記載がある。

組織神学を重視しなかった影響かも?

さ らに、組織神学、神学的教育を重視してこなかったために、これらの様式論的な聖書理解が整理され共有されているわけでなく、時と場合により、それぞれの地域におけるキリスト者集団あるキリスト集会の責任者(長老)、あるいは巡回説教者で信徒一般から評価の高い人物の理解があるキリスト集会、ないし複数のキ リスト集会、あるいは日本全国のキリスト集会の聖書理解にかなり影響を及ぼすことになってきているのではないかと愚考する。

つまり、神学的思惟の「ちゃんぽん」状態というか、デパート状態というか実に多様な教理が一部論理矛盾するような教理が併存する現状を呈しており、その時々のキリスト集会のなかでの影響力の大きい人々の推奨の聖書理解が個別キリスト集会や複数のキリスト集会群の聖書理解になってきているという現状があるようにも思われる。

こ のような事情があるため、本来多様な教派との連携が可能であるにもかかわらず、キリスト者集団として、神学的傾向に特徴が見いだせないがゆえに、外部の第 3者が認識しやすいキリスト集会群に共通の特徴を見出すのが困難になっていると思われる。この結果、個別キリスト集会ごとに取ったとしても、神学的特徴が時系列的に一定せず、一つの教派としては分類あるいは認識しがたいという側面があるものと思われ る。その意味で、カメレオン的組織論の特徴をもつ。しかしながら、個人的には、必ずしも、一つの神学的思惟に支配される必要はなく、非常に多様なキリストの体としての連接性、交流可能性を保持するために、このような柔軟性は好ましい特性のひとつではないか、と思っている。

多様な神学的な特徴をも有することを、どう表現するか

現代組織論研究で用いられる表現を援用して考えれば、Critical Theological Group(以下で利用するような語はないと思う。筆者の造語である) クリティカル神学集団(この語の背景としてはCritical System Thinking クリティカルシステム思考、ここでのクリティカルは、自己批判的なと意味も含むカント哲学に由来する批判の意味でのクリテイカルある)あるいはOrganizational Cybernetic Theological Group 組織サイバネティクス的神学集団、あるいはContingent Organizational Theological Group 状況適合型生体的神学グループ(場合に応じて最も適切な神学を適用するグループ)となっているとは言えるかもしれない。

この表現の元になったOrganizational Cyberneticsに関しては、組織サイバネティクスに関する議論や書籍・論文を、 Contingent Decision Makingに関しては近年の意思決定論の議論や書籍・論文をご参考いただきたい。

広告

プリマス・ブラザレンの神学的特徴の補足困難性」への2件のコメント

  1. ピンバック: プリマス・ブラザレンの量的空間的拡大(2) | Thoughts on Plymouth Brethren History and Characteristics

  2. ピンバック: プリマス・ブラザレンの量的空間的拡大(2) | Thoughts on Plymouth Brethren History and Characteristics

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中

情報

投稿日: 2015年10月1日 投稿者: カテゴリー: キリスト集会の特徴, キリスト集会の原型, ブラザレン史, 神学 タグ: , ,

ナビゲーション

2015年10月
« 9月   1月 »
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

人気リンク

  • なし

カレンダー

2015年10月
« 9月   1月 »
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

ブログ統計情報

  • 3,985 hits
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。