Thoughts on Plymouth Brethren History and Characteristics

プリマス・ブラザレンの歴史と特徴

プリマス・ブラザレンとボランティア精神(1)

数年前に、関西のあるキリスト集会主催で開催された合同学び会と称するものに出席したことがある。まぁ、この合同学び会と称するプログラム中では、「神学校に行くと聖書理解に雑味が混じる」説とか、いろいろこれまで知らなかったことを御教示頂いた。そのことは非常に感謝している。まぁ、我々が読んでいる翻訳聖書は、雑味が混じるはずの神学校をご卒業された方が聖書翻訳者として聖書をギリシア語やヘブライ語からご翻訳になられているが、そこは大丈夫か、と思ってしまった。これは本論とは全く関係ない。

なお、以下では、日本国内において、キリスト集会と自称して居られるキリスト者集団を、筆記の簡単化のためにキリスト集会派と記述する。

ボランティア精神と英国でのキリスト集会派

この時、ボランティア活動におかかわりになられた方が、聖書とボランティア活動ということでお話しになられたのだが、その中で、キリスト集会派はボランティア活動や社会福祉に無関心であった、という表現があった。しかしながら、これは、日本におけるプリマス・ブラザレン派の一部を形成しているキリスト集会派(人数的には最大派閥と思われる)の多数の人々の話であって、英国に戻って行けば、そうでないことは極めて明らかであり、そもそも論として、Faith Missionの原型となったAnthony Norris Gloves アンソニー・ノリス・グローヴスの伝道活動は、まさしく手弁当型の組織に依存しないボランティア精神で始められたものである。なお、著者が知る限りでは、この種の弱者への支援をしている集会も少なくはない。それが集会の原型を作り出していったのである。そして、このグローヴスの働きは、ほかの多くのキリスト者に対して非常に大きな、そして幅の広い影響を与えている。

これらの事があまりにプリマス・ブラザレン派やキリスト集会派の人々の間で知られていないのは、実に残念なことであると思ったのである。

ボランタリー精神・アマチュアリズムと平信徒主義

そして、職分としての牧会者を置かないでナザレのイエスに関する伝道活動や聖書研究活動が維持されているキリスト集会派の思想的な根底に、この種のボランタリーな活動をしてきた影響があるように思われる。また、その活動を支えるだけの個人的豊かさが初期のリーダーたちにあったこと(その大半は、新興であれ貴族階級出身者がかなり含まれていた)もあるだろう。ボランティアは、ボランタリーという英語が示すように、主体的に何かしていくことであり、社会のために奉仕するということには限られない。

使徒時代のパウロにせよ、一種自分で仕事をしながら伝道活動に携わっていたことが、使徒の働き(使徒行伝・使徒言行録)や、パウロ書簡からも明らかであるので、無論その影響は最も大きいものであるのは言を俟たない。とはいえ、それを実現するにあたり、当時の英国のプリマス・ブラザレン運動の指導者たちのある種の個人的な経済的余裕が自給的伝道活動を可能にした側面もあるだろう。

英国の伝統としてのアマチュアリズムと自己研鑽

西側のヨーロッパ、とりわけ、英国の学術的伝統として、貴族階級の人々の持つアマチュアリズム精神があるのである。大学教育を受けるということ(基本的にプリマス・ブラザレン運動の初期リーダーの大半が大学卒、それもオックスフォード・ケンブリッジ大学の神学部卒業者ないしその関係者であることは既に記載した)のためには、それなりよ余力がいり、初等中等教育が普及する前の英国では、文字が読める庶民は非常に限られており、文字による文献と向かい合い、それを読解して何かをする能力と余力とは、かなり限られた社会の一部の人しかなかったのである。日本にいると、ニュートンやベンサムとかいう人々は、普通の人々であったかのように思われているが、基本貴族、少なくとも新興中産階級の出身者である。

現在もなお、英国の社会を特徴づけるのは、このアマチュアリズム精神である。専門家、あるいはプロフェッショナルを養成し、それらの人々を利活用するのではなく、一種のアマチュアリズムに伴うヒロイズムで、アマチュアがやってしまうというところにあるのである。米国型社会を特徴づけるのは、逆にプロフェッショナリズムである。専門家を養成し、それに全部丸投げする構造をとるのである。この辺りの精神性の違いは、「炎のランナー」のオリンピック前のシーン辺りでよく表れている。

このことは、軍人、とりわけ、士官・将校クラスの教育課程と活用方法に非常によく表れる。とりわけ、第1次世界大戦のころは、オックスフォードやケンブリッジ大学を出たての学生が士官クラスとして任用されたため、これらの人々の死亡率は非常に高い。このことには、いわゆるノブレス・オブリージュと呼ばれる高貴な(貴族)ものとしての務めの概念も影響はしているのだが、現場指揮官として特別の過程が組まれたのではなく、一種のアマチュア士官や将官を活用して、作戦が計画され、遂行された。この傾向は、第2次世界大戦でも一部見られ、現場で何とかする能力をもつものとしての大学卒業者の能力が活用された。

 

なお、アマチュアリズムが社会において機能するためには、アマチュアでありながら自己研鑽する能力が求められる。そのための資産というか資本というかが求められる。それがない人々はアマチュアリズムの根底を形成する自己研鑽する余裕はないのである。要するに生存のための必死な場合、何も生まないかもしれない学問などをする余裕は生じえない。

Faith Mission(信仰による伝道)の他派への影響

アンソニー・ノリス・グローヴスの働きに関しては、キリスト集会の原型 ですでにふれたところであるが、大雑把に行ってしまえば、国教会の案主例のないまま伝道しようとしたために、Church Mission Societyという伝道団体や伝道組織からの支援を得られずに、独力で、すべて手弁当と友人の協力の下、バクダッド伝道をまさに「敢行」してしまったのである。

この動きは、もちろん、キリスト集会運動を行ったHenry Craik ヘンリー・クレイクに影響し、このクレイクとの邂逅を経て George Müller ジョージ・ミュラーに影響する。そして、ジョージ・ミュラーは孤児院の運営と孤児院への伝道を始めていく。そのパッションは、東アジア伝道で大きな働きをしたハドソン・テーラーにも影響し、さらに、それはOMFや、上で紹介したChariots of Fireで主役の一人となっている、スコットランド人の中国インランド・ミッションの伝道者 Eric Riddell エリック・リデルにつながり、さらには、現在の国際飢餓対策機構の動きなどにもつながっている。このあたりのことに関しては、3)国教会などからの分離 George Müllerとブラザレン(1) ですでに簡単に記述したところである。

そして、このボランタリーな伝道、一種社会福祉的な視座を含む伝道活動は、Echoesという伝道団体の形成へとつながっていく。

Faith Mission(フェイス・ミッション)という意味では、日本伝道隊を立ち上げ、現在の日本イエス・キリスト教団の礎を築いたバークレー・バクストン等にも影響を与える。つまり、神が必要なものを与える、という確信に基づいた伝道の方法であり、ある種ボランティア的な伝道という特性をもつ。


バークレー バクストン

次回、ミュラーの孤児院伝道について触れる。

 

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中

2015年10月
« 9月   1月 »
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

人気リンク

  • なし

カレンダー

2015年10月
« 9月   1月 »
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

ブログ統計情報

  • 3,985 hits
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。