Thoughts on Plymouth Brethren History and Characteristics

プリマス・ブラザレンの歴史と特徴

初期プリマス・ブラザレン派の神学的特徴(3)教会論1

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上の写真は、預言に関する大会(聖会・カンファレンス)が行われたPowerscourt House

前回の記事で、まるでダウントン・アビーの世界だ、と表現した背景が理解できるであろう。
http://www.accessibleireland.com/category.php?catg_id=&id1=x&id=3&pag=15 から

プリマス・ブラザレン派の教会論の背景

プリマス・ブラザレンの教会論の出発点は、古代の初代教会の時代とブラザレン運動が生まれた時代のキリスト教の環境にあるといえる。特に、プリマス・ブラザレンが生まれた時代のキリスト教会における問題の影響が強いといってよいであろう。

ダービー自体の教会論は、Considerations addressed to the Archbishop of Dublin”保護に関する英国下院への請願に署名したダブリン大司教及び司祭に対する考察” http://www.stempublishing.com/authors/darby/ECCLESIA/01001E.html
に現われている。高教会主義をとっていた時期から、この意見書を出すまでに形成されたダービーの教会論はこの文章における論理展開によく表れているが、概ね、プリマス・ブラザレンの初期のリーダーたちはこの論理展開の影響を受けているといってよいと考えられる。より具体的には、プリマス・ブラザレンの教会論の特徴は、1)教会における聖霊の役割の重要性、2)教会の天的性質とその到達点、3)一体性と分離性の間の綱引き、4)他の教会が取り返しが付かないほどの堕落しているの以上4点である。今回はそのうちの1)及び2)について、解説していきたい。

 

聖霊の賜物と教会

聖霊の中心性が、プリマス・ブラザレンの教会論(集会論)には顕著にみられる。この聖霊が働くことこそ、プリマス・ブラザレンの教会論が機能するために必要不可欠な部分となっている。1847にダービーが著したIdea of the Churchという文書において、生ける神の教会とは、天におられるキリストを頭として一体である地における聖徒の集団であり、聖霊が天から降りてきて、神の右の座におられるキリストにあって一体として形成せしめられたものであるという理解が述べられている。当初、ダービーは教会(集会)の天的な性質を重視していたが、徐々に聖霊の働きを重視していくことになってゆく。

ただ、この時代のプリマス・ブラザレンに影響を与えた類似の運動であるアーヴィン派の人々(Irvingite)に対してプリマス・ブラザレン派の人々が持っていた霊性の表現への関心について述べてみたい。

アーヴィン派について——
アーヴィン派は、ブラザレンに少し先行する形で、スコットランドで主張された概念により形成されたキリスト者集団であり、プリマス・ブラザレン派同様、一種のプリミティビスト的な(原始主義的な)一種のロマン主義的な動きであるといえよう。彼らは、ローマ教皇とは全く関係のないカトリック使徒教会の形成に寄与し、新約聖書に記載されている使徒時代での働きの役割として、5役者(使徒、預言者、伝道者(福音宣教者)、牧師、教師)運動をご主張になられた。また、異言や預言をアーヴィン派の人々は超自然的な賜物としてご主張になり、それが現在においても実現しているとご主張になっておられた。なお、5役者運動には今でも関与しておられる人々が現在でも日本国内におられることはサイバー空間上で確認している。

アーヴィン派の人々は、一種の霊性における初代教会回帰運動の一つであるといってもよいと思う。一種19世紀的な信仰復興運動というよりは、ロマン主義的な信仰の熱心さに基づいた、原始志向的な教会を志向する運動と理解する方がよいかもしれない。このIrving派から、ディスペンセイション主義をプリマス・ブラザレンが継承したという説が述べられる場合があるが、しかし、文献史的には確認できていないため、個人的には、アイディアの原型はIrving派(アーヴィン派)である可能性があるものの、体系化したのはJohn Nelson Darbyということができるのではないか、と思う。

NPG 2757,Edward Irving,by Unknown artist
Edward Irving(エドワード・アーヴィン)

——-アーヴィン派について

 

アーヴィン派の人々とプリマス・ブラザレン派の相違点と類似点

プリマス・ブラザレン派とアーヴィン派は、非常にラディカルなキリスト教を志向する精神性という点では共通部分を持っていたし、初期ブラザレンの指導者たちは、アーヴィンの理解について相当詳細に認識していたようである。記録によれば、ダービーとおそらくWigramと思しき人物が、神からの賜物が回復されたという主張がなされた西スコットランドにアーヴィンの動きを訪問調査をしている模様である。このアーヴィン派と初期プリマス・ブラザレン派の人々が、共にPowerscout邸での預言理解の大会(聖会・Conference)に参加して交流しており、プリマス・ブラザレン派から後にアーヴィン派に移った人々もいる。

しかし、大半のブラザレン派の人々は、Irving派の人々が神からのものとして主張した預言や異言などについて、否定的な結論に達している。Newtonはアーヴィン(Irving)派の人々との不一致について書いているが、アーヴィン派に対する違和感は、彼らの預言に関するキリスト論であるといえる。より、具体的には、アーヴィン派は、キリストの受肉において人間的な性質理解の上で受肉を説いていると批判している。一部の論者の中には、神の賜物が存在することは否定はしないが、アーヴィン派の人々は純粋ではないという意見を示すものがいたり、新約時代の教会の原初的な形態論に焦点を当て過ぎるあまりに誤りを犯しているのではないか、あるいは、アーヴィン派のキリスト論が贖罪論を崩壊させていたりすると批判している記録が残っている。また別系統の批判の内容としては、聖書と信徒との間に、教会とその教役者を挟み込んでおり、教会がキリストの座を占めているという批判をした人もあった。詳細は、GrassのGathering to His Name(2006 pp.90-91)を参照されたい。

また、ダービーはアーヴィン派を批判する様な書物というか小冊子を何冊か書いている。ダービーの批判の中核は、彼らが称する預言のコンテンツが互いに対立的であるなど、混乱していたり、彼らがなしたという予言のコンテンツが成就しなかったりということから、神が示されたことであるとはいってても、それが神の承認のもとに起きている預言ではなく、アーヴィン派の賜物が、アーヴィン派の正当でないキリスト論に基づいたものとなっている、と批判している。

プリマス・ブラザレン派では、アーヴィン派の人々の主張を退け、アーヴィン派の言う神からの賜物について否定しているが、知恵、知識、そして信仰は、聖書理解を進め、聖書を話す上で必須のものであり、それらを受け取るという姿勢は維持している。

なお、Glovesが1840年代に示した視点がプリマス・ブレズレン派における典型的な賜物理解についての見方である。その賜物理解とは、以下のようなものである。超自然的な賜物は、使徒時代の教会が未発展段階であったがゆえに与えられたものであり、新約聖書が完成した段階でなくなったのであり、賜物の消失自体、教会が発展して完成形に近づいていったしるしである。賜物はカリスマ的なものであり、教会(ないし集会)が保持している人々の役割に応じた徳により与えられたものではなかった。なお、この徳というのは、牧会と礼拝の実施の理解の深まりによって生まれるものである。

個人的感想と観察———-
現在でも、日本におけるキリスト集会派において、聖霊の働きを巡って混乱というほどの混乱ではない場合も多いのであるが、集会における組織や聖書理解に関する集会内での不安定要素の出発点となることがある。特に、預言の問題、癒しの問題、異言の問題がその不安定要素の原因となることもあるものと個人的には理解している。

この背景には、プリマス・ブラザレン派がそもそも霊の働きを重視すること、初期段階での大量のクェーカー系の信仰者の流入、当時のロマン主義的な思想とその現在までの継承、そもそもプリマス・ブラザレン派の形成当初の一部の指導者たちの神秘主義的な傾向など、様々な要因があるが、そもそも論として、教会ないし集会に関する理解として、神の霊、聖霊の働きが表れる場所という理解がかなり強いという側面もあるであろう。

特に、癒しの問題は、聖霊の働きを重視するプリマス・ブラザレン派の影響を受けて始まった日本におけるキリスト集会派では時々話題になることがあり、それをもとに分裂に近い状態になったり、実際にある集会が分裂化し、かなりカリスマ的な教会論が支配し、もともとの自給伝道者がカリスマ派的な指導者的存在となった例もある。また、近年では、第3の波の影響などを受けたキリスト集会派の集会群もないわけではない。

とは言いながら、大半のキリスト集会派では、基本的には、Gloves同様の、聖霊の働きの理解、即ち新約聖書の成立に伴って聖霊の働きがやや制限的な働きに変わったという理解は、日本のキリスト集会派においても、かなり支持者が多いように理解している。この理解の背景の一部に、ディスペンセイション的な理解の影響が見られるようにも思う。つまり、時代による神の介在のかたちが変わるという理解である。

とはいえ、プリマス・ブラザレン派の初期の指導者たちが、聖霊の賜物として、知恵wisdom、知識knowledgeを重視していたということは、案外重要かもしれない。とはいえ、後世に向かう中で、それらの知識や知恵についても、霊的な知恵、霊的な知識という『霊的な』という形容詞が付いた形のものに変わっていき、どこかの段階でこれらの形容詞付きの知恵や知識理解に変容していったのではないか、と思われる。

———-個人的感想と観察

天的な存在としての教会

ダービーは、天的な存在としての教会を考え、地上的な存在としてのイスラエルという天地二元論的な理解をしていたのである。この考え方は多くのプリマス・ブレズレン派の信徒は、信徒はキリストにある天的な場所に座っており、(真の)教会の信徒はそういう聖なる人々でなっており、ダービーによって表現された他の教会は、彼の’deliverance’救済の概念が反映されたものである。

I had found peace to my own soul by finding my oneness with Christ… I was in Christ, accept in the Beloved, and sitting in heavenly places in Him. This led me directly to the apprehension of what the true church of God was, those that were united to Christ in Heaven: I at once felt that all the parish 〔system〕 was not that.(Darby(1869), Letters,1.515)

http://www.stempublishing.com/authors/darby/letters/51308E.html の3行目以降

私的日本語変換結果
私は、キリストにおいて私がキリストと一つであることを見、わが魂に平安 があることを見る。私はキリストにあり、愛されたものの中に受け入れられ、キリストの天的な座に坐していたのである。このことは、神の教会がどの ようなもののであるか、すなわち天においてキリストと結び付けられたものの姿の理解に直接導くものである。しかし、以前私は教区(で定められた教会あるい はシステム)がそのようなものでないのを感じたのである。

ダービーの考えによれば、教会は天的な性質を持つべきものであるばかりではなく、その終着点も天的なものであり、その結果として地上の権力が教会内で実行されてはならず、救い主であり、頭なる方であるイエスが拒否されたことを味わうものであるはずである。

比較的初期から、教会という存在に対する天的性質はキリストと関連付けられていることが、プリマスブラザレン派の特徴であるとして当時、強調して語られて居り、世からの分離が言われている。おそらくダービーが著者だと思われるが、聖徒がともに一体となり、聖霊により頼み聖霊の自由を持ち、聖書に従うことによる世界からの分離した存在として、キリスト集会の組織理解が語られている。

個人的感想と観察———-

この天的(heavenly)な存在、という概念はプリマス・ブラザレン派及びその日本での発展形であるキリスト集会派において、重要な役割を果たす。なぜならば、二元論的な概念が日常生活においても、預言理解においても、自らが天的存在であるとする理解が影響するからである。また、この場合、天的といえば、イエスがいる場所である、神の支配の御座であるということを英国での初期リーダーたちは、かなり明白に意識している部分があるが、現在の日本のキリスト集会派において、その理解がどの程度普遍的に保持されているかどうかは調査したことがないので、不明である。

しかし、このキリスト集会の天理解は、天と地が、2分された概念となり、キリスト集会のみが天的存在であり、それ以外は天的存在ではないものであるとし、一般の他の教会の存在を喜ぶどころか、それに対して、教派とか教団と称し、否定的視線を向ける事例は日本のキリスト集会派において多い。従って、教派とか教団と日本のキリスト集会派が称するキリスト者の集団から本来の天的存在であると理解されたキリスト集会に導くことが望ましいと理解される。この経緯から、他のキリスト教界からキリスト集会に移籍を進めることが当然とされ、他のキリスト教会からキリスト集会派が、結果としてであれ、信徒を奪う形になり、キリスト集会派に対する一般の教会から特殊な印象を持たれやすい原因の一つとなっている。

また、プリマス・ブラザレン派のみが天的存在であるという理解の特殊形として、日本においては、キリスト集会派のみが天的存在であると理解されており、かなり遠距離の数時間かけ、県境をまたぐような形で、天的存在、つまり聖なる存在と理解されているキリスト集会への通所がよいとされる事例がある。さらに、実際にもそのような通所事例がみられる場合、また、いずれ紹介するが、紹介状制度を通じて、旅行の場合など一時的滞在の場合でも、かなり遠距離のキリスト集会派の施設に通所するよう、指導される場合がある。そして、このような犠牲的とさえいえるかなり困難な通所行為が賞賛の対象とされる場合もある。あるいは、キリスト集会派の団体がない地域への転勤や進学が問題視される傾向がある場合や、居住地域でのキリスト者との通常の社会的関係性が遮断される場合があるなど、公同の教会という観点からはやや疑問視せざるを得ない行動パターンがみられることもある。とはいえ、マスコミなどで、他派のキリスト者が取り上げられれば、平常の態度とは関係なく、そのキリスト者について日本のキリスト集会派の会堂や信徒同士の会話で、好意的に語られることになったり、説教の中でそのような社会的に認知されたキリスト者について言及がある場合もみられる。

また、時に日本のキリスト集会関係者の中には、キリスト集会が天的存在であるという理解の特殊系として、キリスト集会関係者のみが終末の完成時点においては天的な存在であり、使徒時代以来唯一継続している存在であるがゆえに、天において存在することになる、という理解が語られることもあるが、個人的には誤解に過ぎないのではないか、と思う。さらに言えば、このような理解は、19世紀のアメリカで生まれ、20世紀に世界的に広がった、新興キリスト教集団の終末理解と類似している部分があるといわれても、それを否定するのはそう容易な作業ではない。

———-個人的感想と観察

 

 

 

 

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