Thoughts on Plymouth Brethren History and Characteristics

プリマス・ブラザレンの歴史と特徴

初期プリマス・ブラザレン派の神学的特徴(3)教会論2

今回は、プリマス・ブラザレン派の教会論の特徴として、同一性と教会からの分離を述べてみたい。

キリスト集会の共同体性

プリマス・ブラザレン派が保持していると主張する大きな特徴は、全ての『真実の』信徒が一つの教会をなしているという主張を掲げていることである。全ての聖徒を受け入れるというもともとの超教派的側面に関連して主張されてきた部分もある。

初期ブラザレンのリーダーのTregellesがThe Blood of the Lamb and the Union of Saintsというトラクトで書いているところによれば、天に行く信徒が持っている証書は、子羊〔引用者補注 イエス〕の血で洗われたものであるとされ、Tregellesによれば、The basis of our union in Glory is quite sufficient for our union on earth; and even as we shall then manifested on that ground, so ought we now to stand manifestly joined together on that alone(日本語変換 栄光にある我々の一致の基礎があり、それゆえにその土台にあって信仰を告白するなら、我々は、告白において一致しているということから、地上での一致するために十分なものといえる)キリストの血(犠牲の子羊としての存在)が我々を神と一つにするために十分であるとすれば、他の人々と我らを結びつけるものとして、キリストの血は十分なものである、という論法であるといえるであろう。Dormanも同様のことをPrinciples of Truthで記している。

Dorman
William Henry Dorman

http://www.brethrenarchive.org/people/wh-dorman-jnr/

他のキリスト教界からの分離の論拠

教理と実際の面での既存の教会集団からの分離を強調すべきかどうかの議論がプリマス・ブラザレン派の形成初期からかなり議論されてきたが、RennieがBrethren Spiritualityで示すように、Grovesは非常にエキュメニカルで、福音主義的であったものの、聖書理解としては、キリストを信じる人々への愛と、終末論的な信念、つまり、制度化されたキリスト教界が入ってくる段階での教会論的な対応の冷酷さの間の適切な緊張関係を持ちえなかったようである。

Ironside(アイアンサイド)は分離派初期指導者たちの主張にはないと指摘しているが、Langは、ダービーがスイスで実際に彼が実施したように、初期指導者の内にも、既存のキリスト教界からの分離せずには、聖餐式参加ができなかったと主張している。

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Henry A Ironside

個人的感想———-

現在の日本のキリスト集会派では、他の教会との分離の傾向は非常に強く、一種のブラザレン同士のつながりを模索する方向に動いているものと思われる。その意味で、キリストを信ずる信徒であるという主張において、受け入れるという側面は、現在の日本のキリスト集会派のかなりの部分では失われているように思われる。そのことはある面、本来キリスト者の一致を目指して分離した人々が集まったキリスト者集団としては、当然の方向であったように思う。しかし、終末論的な影響(真実の信徒のみから形成される真実の教会のみが天に存在することになるという概念)の方が支配的となり、初期の超教派的な一体性の理解が薄くなったのは残念であるように思う。さらに言えば、他のキリスト教会群やキリスト者からの分離概念が終末論から来ていることは、特筆すべきことの一つではないか、と思うし、終末論のキリスト集会派への影響は極めて重大であったといえる。さらに、プリマス・ブラザレン派の終末論は米国でC.I.ScofieldのScofield Bible(KJVにダービー風の注解を脚注部につけた聖書)の脚注、参照注記の注解を通して伝染していく。

———-個人的感想

Powerscourt子爵夫人は、明らかにプリマス・ブラザレン派の当然の特徴としてキリスト教の規制教会からの分離を当然としていた。

248powerscourt1b
現在のPowerscourt House

キリスト教からの分離と真実性(True)へのこだわり

また、プリマスでの集会群は、かなり早い段階から他のキリスト教界からの分離の立場をとるようなっていった。Newtonは、次第に、公同の教会(教会は すべて種を告白するという意味で普遍的なものであるという立場)は、この時代において、背教であると理解するようになっていく。そして、ニュートンは、真実trueの信徒は、既存の告白に基づく教会から分離したごく少数の残された人々(レムナントと呼ばれる)からなる、と教えている。また、ダービーは、1836年3月にGlovesから手紙を受け取って後、神の位置に入りたいものは、分離すべきだ、と急に主張し始めている。また、Wigramも、真の信者は分離したうえで、そして、真のキリスト者のみで一致すべきだという同様の主張をしている。

つまり、この分離派、不信仰な世からの分離であると同時に国教会からのChurch of Ireland やChurch of EnglandなどのEstablished  Church とりわけ、国教会システムからの分離であった。そして、この既存教会派、どうしようもないほど、この世界と既存教会とが混乱したものとして議論されたのであった。39箇条(聖公会大綱)に見られるような人間的に制定したものからの離脱や、成文祈祷の人為性、聖書に基づかない儀式性が存在するものからの離脱が主張された。分離するにあたって、分派の批判を避けるために彼らの批判理由を明らかにせざるを得なかったこともある。キリスト教以外への改宗の疑いをかけられかねなかったため、既存教会に関する定義の見直しをせざるを得なかった。より純粋なものとなるための分離であるという主張をするしかなかった側面があり、目に見える教会は人為的なものであり、目に見えない神の教会を形成するために分離するという論法がとられたようである。

他教派と間の不幸な関係

多くの福音派は教派をまたがるような一体となすために目に見える表現をすることを重視したが、ブラザレンはそうではなかった。それに対して非常に否定的な目を向けており、このような超教派的な活動を志向したEvangelical Allianceからは、教皇中心主義、高教会運動(オックスフォード運動)、プリマス・ブラザレンの三悪と呼ばれるほどの扱いを受けている。

プリマス・ブラザレン派の多くの人々にとって、全ての真の信者が目に見えない形で集まるという福音派的な表現が好まれており、ある人々はさらに先に行き分離の方に進む人々もおられたし、ある人々は目に見える会衆の存在によって表現可能であるという考えに立っていた。これに対し、Darbyは目に見えない一体というのは、キリストがすべての神の人々が世の光であるといわれたことに対するいい抜けだと強く非難している。

個人的感想———-

現在の日本のキリスト集会派でも、なお、幅広いキリスト教全体に開かれた集会運営を目指す集会もあれば、キリスト集会派内の人々や集会だけでの交流に限定するキリスト集会、キリスト集会派の中でも特定の限定されたキリスト集会やそのグループに所属するキリスト集会派の一部の人々とだけ交流を限定する人々まで多様な形で存在する。つまり、キリスト集会派の中の一部とだけの交流に限定する理由としては、若者向けの宣教キャンプの実施やそれらへの参加、他の「穢れた(他の人為的なものが混じった)」教会との交流をする信徒や教会との交流やプリマス・ブラザレン派の基本的な了解事項(例えば、女性のヴェール着用の問題や信徒の服装、女性の集会活動への関与や)が維持されていないことなどが、「あそこは集会でない」「他の教会から悪い影響を受けている」という風説や言説の根拠となったり、交流断絶の原因として用いられかねない側面を持っている。

とはいえ、プリマス・ブラザレン派の初期リーダーたちが分離を進める原因となったのは、既存のキリスト教界集団からの冷淡な表現を受けたなどの過去の傷が原因となっているようにも思われる。恐らくではあるが、Glovesの英国国教会への否定的側面は、彼が英国国教会の叙任を受けていなかったことから、英国聖書協会からの派遣伝道者にならなかった経緯が響いているように思われる。

上記で紹介したように、Darbyが教会論的な一致を強調していくことは、Darby(ダービー)の活躍した集団がExclusive Brethren(閉鎖型プリマス・ブラザレン)を形成することになっていく原因の一つとも考えられよう。また、ダービーは、その文章表現の中で、一体と一致に厳密な区別がなく(たぶんにこれはDerbyが神秘主義的な文筆家だったことが影響しているものと思われる)、一体化しているものは、全ての点において一致しているはずである、ということに強調があり、それが、さらにディスペンセイション理解の影響を受けて純化の方向に影響したように思われる。C.Bassはその著書、Backgrounds of Dispensationalism でダービーにおけるUnityとUniformityの混乱を指摘している。

また、Open Brethren(Indipendent Brethren)派の人々が印刷物としての諸著作を残さず、Darbyの著作が非常に多数出版されたため、プリマス・ブラザレン派の理解は、Darbyとその後継者で著作を残した人々による概念がプリマス・ブラザレン派の標準的な聖書理解として広がることになり、閉鎖型プリマス・ブラザレンの聖書理解に大きく影響したように思われる。また、ダービーとその後継者の理解が広く普及したことが、現在の日本でも、キリスト集会派がキリスト教界内で比較的孤立的であったり、超教派活動に冷淡あるいは否定的な視線を向ける原因の一つとなっているものと考えられる。

また、キリスト集会史として日本のキリスト集会派及びプリマス・ブレズレン派で広く認識されているブロードベントの「信徒の諸教会」はニュートンが言う、既存の教会内から分離していった、ごく少数のレムナント的なものが真実のキリスト教を保持してきた、という線で描かれており、この概念がかなり広く普及していたことを示しているようにも思われる。

なお、この分離概念は、Watchman Nee、Witness Leeの関係者の人々にも受け継がれていくことになる。

SeparationfromtheWorld

———-個人的感想

 

 

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投稿日: 2016年2月28日 投稿者: カテゴリー: 御挨拶

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